F−ZERO最速ガイド 裏話

 

裏表紙  自分で本を書くと、実際に店頭に並んでいるかとか、何日かして減り具合はどうかとか、やはり気になる。また、古本屋に出回っていないかも非常に気になる。幸いにして自分は古本屋で見掛けたことは無く、それなりに読者は満足してくれたんだろうとホッとしている。
 だが、逆に言えば、この攻略本は古本屋に行っても買えないということなのだ。
 とっくの昔に絶版になっているため、今では入手することが不可能である。当時立ち読みして結局買わず、気づいたら買えなくなっていた、というゲーマーも多いんじゃなかろうか。
 どうせ絶版だし、著者は自分なんだし、全ページをスキャナーで読み込んでアップしてあります。

【なぜ書くことに?】
 今でこそネット上にゲーム攻略記事は溢れており、既に見当も付かないほど多くのゲーマーが、さまざまな攻略情報を公開している。
 だが、元祖F−ZEROが発売された当時は、ネットで活動しているゲーマーは非常に少なかった。自分はその1人だったのだが、攻略記事が秀和トレーディング関係者の目に止まり、攻略本の読者としていわばスカウトされたのである。
 ちなみに当時公開していた研究としては、最高速に達した後において重心移動による平行移動で進路変更するのと、普通にハンドル切って進路変更するのでは、どっちが速いか・・・などがあった。
 攻略本で使用されているゲーム画面はすべて自分でプレイしたものであり、文章も全部自分で書いたものです。
 ゲーム発売からかなり時間を経過してからの発売となるため、対象読者は徹底して延々とやり込んでいるプレーヤーに設定。かくして内容は高レベルを目指すことになった。グランプリもマスタークラス前提で攻略。

【任天堂の協力】
 攻略本を書くとなれば、言うまでもなく任天堂の協力が必要である。だが、殆ど協力は得られなかった。
 タイトルロゴやキャラクターの原画が提供された程度であり、売上に明らかに影響するため出版元が希望していた公式ガイドブックという呼称も許可が得られなかった。かくして、著者等が独自に調査した結果を出版したものです。と注意書きが入ることになった。
 だが、それ以外にも各コースの正確なレイアウト図だけは提供して貰えた。これは非常に役に立った。特にミュート3のS字における正確な地雷配置が判明したのは助かった。攻略図は5ミリ方眼紙をレイアウト図に重ねて写し取り、記入した。これも全部自分だけで手書き原稿を作り、出版社に渡したものです。
 なお、この本がオレンジを基本色調にしているのは、少しでも目立つようにとの出版元の意向だった。

【ベーマガと】
 F−ZEROの攻略と言えばベーマガ。実際、例の連載が終了した後で、本にまとめる話はあったようで、それが発売されれば最速ガイドの役割も終わっていただろう。しかし、こちらもまた発売から時間が経過し過ぎたために結局発売されなかった。でも、ベーマガの本を見たかったなぁ・・・どんなこと書かれることになったのか。
 また、同編集部に集まった最速ビデオを編集して攻略ビデオを作るという計画も、市場調査の結果3000本程度しか売れないだろうとのことでボツに。この話は山下章氏から直接聞いたのだが、残念ながら単なる知り合いレベルで、ベーマガ編集部に遊びに行くほどの関係ではなかったです。だからベーマガのビデオを見たことも無かった。
 ただし、ベーマガは車種別集計していなかったため、ビデオの殆どがファイアー・スティングレーのはず。それ以外の車種に関してはベーマガといえども弱かったんじゃなかろうか。元祖は4車種しか無かったが故に、全部の車種を攻略する楽しみがあった。いずれも個性的であり、スティングレーしか使っていなかったのなら4分の1しか楽しんでいないかもしれない。

【記事写真の撮影】
 ファミコン通信のような巨大出版であれば、専用のビデオプリンターを使ってガンガン写真を生産していたらしい。しかし秀和の出版フロアにも行ったが、驚くほど小さなエリアで作業が行われていた。とてもじゃないけど設備が無い。
 仕方なしに当時の廉価版ビデオプリンターを自分で買って画面をプリントした。攻略本以外に私的に使う機会もあると思ったのだが、昇華型ならではの使い勝手の悪さに悩まされた。特に色合いをうまく出すのが難しく、ビッグブルーなどでは苦戦。
 色合いの妙な失敗プリントは、友人にあげてしまった。
 基本的にはゲームをプレイしてビデオ録画しておき、後でプリントした。プリントが終わるとテープを使い回ししたりしたため、攻略本に使用した写真の一部の映像しか現存しない。また、音声は不要であることと、当時の自分のゲーム環境では音声も録画しつつ音声をモニターするのが面倒だった。
 そのため、音声の入っていないゲーム映像が結構現存している。

【記事写真へのこだわり】
 当初は180ページの予定だったのだが、やはり発売から1年も経過すると苦しいという事情もあり、120ページに縮小されてしまった。ページ番号は119まで付いている。
 これによって、記事をかなり削らないといけなくなった。そこで、掲載写真にこだわることにした。つまり、文字としては説明されていないけれど、見る奴が見れば分かる写真を出来るだけ撮影することにした。また、攻略本やゲーム雑誌の攻略で、タイムが分からない画面写真が良く使われていたのも気に食わなかったので、可能な限りタイムが表示されている画面写真を使用した。
 だけど、カラーページが24ページだけになっちゃったのが更に悲しかった。このホームページの真・F−ZERO最速ガイドの方では、元ビデオが残っているものは出来るだけ最速ガイドと同じ画面を使用することにした。全部カラーだし。

【印税】
 本の印税と言うと定価の1割ってイメージあったけど、秀和システムの場合は7%だった。定価850円なので、1冊あたり59円50銭ってことになる。2000部相当は最低保証で先払いになっており、1992年1月末に11万8944円が振り込まれた。2000部だと11万9000円のはずなので1冊分少ないが、1冊は現物支給って扱いなんだろう(実際は確か4部送られて来たと思う)。
 こんな具合で本来なら実売部数が1部単位で正確に分かるはずなんだけど、通帳記入を怠って合計記入になっちゃってるので分かりません(汗)
 毎月の入金具合から7000〜8000部の間だと見当付けてただけ。カセットが77万本だから、100人に1人が購入してくれた計算。幸いにしてビデオプリンターの購入代金は充分に賄って、パソコンをPC−9801からDOS/Vに乗り換えるための資金になったのでした。

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